穀糞聖(こくくそのひじり)

「宇治拾遺物語」巻十二の九に、このような話があります。

【144話】 穀断聖、不実露顕事(こくだちのひじり、ふじつろけんのこと)

「昔、久しく行ふ上人ありけり。五穀を断ちて年来になりぬ。帝聞し召して、神泉に崇め据えて、殊に貴み給ふ。木の葉をのみ食いける。

物笑いする若公達集まりて、「この聖の心みん」とて、行き向ひて見るに、いと貴げに見ゆれば、「穀断幾年ばかりになり給ふ」と問われければ、「若きより断ち侍れば、五十余年にまかりなりぬ」といふを聞きて、一人の殿上人の曰く、「穀断ちの糞はいかようにかあるらん。例の人には変わりたるらん。いで行きて見ん」といへば、二三人連れて行きて見れば穀糞を多く痢り置きたり。

怪しと思ひて、上人の出でたる隙に、「居たる下を見ん」といひて、畳の下を引きあけて見れば、土を少し掘りて、布袋に米を入れて置きたり。

公達見て、手を叩きて、「穀糞聖、穀糞聖」と呼ばはりて、ののしり笑ひければ、逃げ去りにけり。
その後は行方も知らず、長く失せにけりとなん。」

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■チョコレート・アイスクリームです。食べられますw。

なんとなく、意味は分かりますよね(笑)。

この話は、平安時代の六国史の第五歴史書「文徳実録(=日本文徳天皇実録)」巻六にも同様の話が載っていることから、実話であったと推測されます。

斉衡元年(八五四)七月乙巳廿二

「乙巳。備前國貢一伊蒲塞。斷穀不食。有勅。安置神泉苑。男女雲會。觀者架肩。市里爲之空。數日之間。遍於天下。呼爲聖人。各乞私願。伊蒲塞仍有許諾。婦人之類。莫不眩惑奔咽。後月餘日。或云。伊蒲塞夜人定後。以水飮送數升米。天曉如廁。有人窺之。米糞如積。由是聲價應時減折。兒婦人猶謂之米糞聖人。」

先の話とは、米を水に溶いて飲んでいたという点が異なります。

不食者は古今東西たくさんいますが、中にはこんな「食わせ者」もいたんですね(笑)。

お後がよろしいようで。


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