不浄観(ふじょうかん)

瞑想や観想には、いろいろなものがありますね。

中でも「軟蘇(なんそ)の法」は、割と有名ですよね。
これは白隠禅師が広めた方法で、禅師の若い頃、肺病と強度のノイローゼに陥り、医者にも見離されたのですが、京都山中に隠棲する白幽子という仙人から内観と軟蘇の二法を伝授され、それを実践することで健康を回復したといいます。白い球状のものを頭頂部に置き、それが融けていき、生暖かい感覚が体全体を覆っていくさまを観想します。とても気持ちよさそうな観想法ですね。

で、ここからが本題です(笑)。

観想法のなかに、「不浄観」という方法があるのを知っていますか?

「不浄観」は、別名「白骨観」とも呼ばれており、自分や異性の肉体に対する執着を離れるための観想法なのです。

その具体的な方法は、2つあります。

1. 自己の体内が血、脂、大小便などの不浄に満ち満ちているさまを観想
2. 死後に人間の体が腐り、ウジが湧き、白骨化していくさまを観想


前者は自分の肉体への執着を取り去るための観想で、異性の肉体に対する執着を離れるためには後者の観想を行います。

成る程、これはスゴク効果がありそうです(笑)。

後者の場合、さらに単に観想するだけでなく、死と死後の肉体の変化を実際に観察する方法もあります。つまり、人間が白骨化していくさまを【実物】を使って、実際に観察するのです。

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■こんなものを売ってるんですね。いったい何につかうんでしょうか?言うことを聞かない子供のお仕置き用にはいいかもしれない(笑)。でも子供にはトラウマが残りそうだなぁ。(DISTEFANO.COM)

究極のクレンジング・テクニックです。
ここまでくると、ちょっと簡単に修法できませんね(汗)。

しかし、タイのあるお寺では、「不浄観」を修するための犬の死骸が裏庭に晒らしてあり、さらに女性のミイラを置いた小部屋もあるといいます。

また、バンコックの警察病院の死体解剖室は、10体以上の死体が解剖のために集められているのですが、不浄観を修する比丘(修行者)には開放されているそうです。そこでは、解剖された死体、蝿が集って変色した死体を見ることができます。これは、比丘たちが容易に不浄観を修行できるようにとの当局の配慮なのです。

さすが、仏教国タイですね。
同じ仏教国でも、日本とはかなり違いますね(笑)。

日本人は「穢れ(けがれ)」を恐れ、塩を撒いたりして、この手のものを極度に忌み嫌う習性があります。ちなみに、塩を撒いて浄化するのは、世界中で日本人とユダヤ人だけだそうです。

では、日本でこの修法は無理なのでしょうか?
ネット上には、下のような画像集があります。
■樹海のおとしもの

ここには、富士樹海で発見された自殺者達の画像が掲載されています。ヤッズ★は画像開く直前まで行ってますが、そこで怖じ気ついてしまい、未だ見ていません。興味のある方はどうぞ。

では何故、「不浄観」することで肉体の執着を取り去ることができるのでしょうか?

人は、皆、肉体が永遠不滅のものでないことを知ってはいますが、体験というレベルまでには至っていません。「不浄観」は、この体験レベルにまで持っていくことなのですね。体験することは、否応なしに意識化せざるを得ませんよね。

執着、恐れ等のネガティブな思いは、避けようとせず、意識したまま、トコトン見つめ続けることで、やがて消えていき、浄化されると言われています。

避けること、見なかったことにすることは、所詮、埋没化に過ぎません。

執着、恐れを氷山(iceberg)に例えると、海面上に露出した部分は、自己に意識されている部分で、海面下は意識に登っていない埋没化した部分といえます。

海面上では、ギラギラした太陽の光で氷は融けていきますが、海面下では海水で保護され、その形態は保持され続けます。

執着、恐れを浄化するたった一つの方法は、この氷山全てを海面上に露出させ、太陽光(=意識)で融けさせる以外にないのです。

iceberg.jpg

M2テクニックでも同じ原理を使い、ネガティブな思いを意識化し視覚化します。さらに、じっと凝視することでネガティブな思いは浄化していきます。その浄化後のものを再び自分に受け入れますよね。

素手でトイレ掃除するのも、一種の「不浄観」であると思います。
便器にこびり付いた便と自己を同化することで、自己の内部にある浄化されてないネガティブな思いを意識の中に露出化させて、便器をキレイにする作業を通して、間接的に浄化しているのではないでしょうか。

便器に素手で手を突っ込む時に起きる、あの後頭部から皮を一枚剥がれるような感覚は、不浄物と意識レベルが同調し、意識という海面上にザバーッと現れ出た時の特有の感覚ではないかと考えます。

ここで、ヤッズ★禅師が、いい観想を思いつきました。

名づけて「便浴の法」。
これは、大量の生暖かい便の中で沐浴をしている自分を想起するのです。気持ちよく便と一体化する時を楽しむのです。時折、潜っても構いませんし、頭を洗っているところを想像してみても構いません(笑)。そして沐浴を充分楽しんだ後、浴槽内で一杯の水を飲み、その時、体が希薄化していくさまをイメージするのです。体が充分希薄化したところで、浴槽内から出るのです。これで自己のネガティブな思い全てが一度に分離され排泄浄化されます。

目には目を、歯には歯を、不浄なものには不浄なものを、ヤッズ★禅師の教えです。

これは冗談ですが、とても効果があると思います(笑)。

話は元に戻りますが、このような「不浄観」をする場合、太陽光の強さ、つまりポジティブな意識の強さが弱いと、なかなかネガティブな思いは融けず浄化されません。逆に、負けてしまうことさえがあるかもしれないです(笑)。ですから、常日頃、ポジティブな思考を強く心に持ち、かつ維持していることが、浄化においても非常に重要なことではないかとヤッズ★は思うのです。

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コメント

コメント(2)
こんにちは☆
どうも~、幸せ天使です。

不浄観で、恐れているものを感じ、じっと観察することで、恐れが消えてい
くんでしょうね。これも優れたクレンジングですね。タイのお寺では、かなり
強烈なことをするんですねぇ。

般若心経に、「不生不滅 不垢不浄」とありますね。生も死も、穢れも浄化
も所詮は人の思いが創りだすもので、全ての執着を捨てて「羯諦(ぎゃてい)
羯諦 波羅羯諦」=「行こう、行こう、早く向こうの世界に行こう」というのが
般若心経の教えであり、悟り(幸福)への道なのだと思っています。

いつもためになる記事を読ませていただき、感謝しております。

幸せ天使

2006/09/17 11:01 URL 編集返信
こんにちは 幸せ天使さん
羯諦(ぎゃてい)は、英語では「Go」の意味になるんですね。

ヤッズ★には、「行こう、行こう、早く向こうの世界に行こう」は、
愚鈍過ぎる為なのか、「さあ、早く死んであの世に行こう」と言われているみたいで(笑)、
別の表現はないかと、少しネットで調べてみました。

「(彼岸すなわち大安心の境涯に)渡ろう・渡ろう(あなたも、わたしも、みんな)きっと渡れる、渡れる 渡れた、渡れた、ああなんとありがたいことよ」

「心にひっかかるものがなく、そして前進せよ」

「こころに引っかかるものがなくなって、空をゆく雲のように、
あるいは流れる水のように生きてゆける。そういう生き方をせよ」

成る程、この呪文の意味しているところは、
「体は現世に置きつつも、心は現実世界の物事に執着せず、離れようよ」
といっているんだなぁと、やっと理解できました。

いつも示唆に富んだ気づき、感謝いたします!

ヤッズ★

2006/09/17 13:30 URL 編集返信
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