肥田春充(ひだはるみち)という、肥田式強健術の創設者を知っていますか?
1883年12月25日、山梨県の医師川合立玄の子として生まれた。幼少年期は大変な虚弱児だった為、古今東西の鍛錬法を徹底的に研究の末、強健術を編み出し、体力・頭脳を飛躍的に向上させた。
35歳の時、肥田家の養子となり、静岡県に住み多数の著書を著す。また、太平洋戦争開戦に反対をし、戦争回避の為に東奔西走したが間に合わず、東條首相に引責自害を詰め寄り、自らも自害を覚悟した。
1956年8月24日、日本の行く末を憂え、食欲が減退し、49日間の一切の水分を取らぬ完全断食の末、亡くなる。

■その卓越した能力
・三大学四学科に同時入学し、トップクラスの成績で同時卒業。
・兵営での所感記述を他の兵士がノート1冊を書く間に10冊も書き上げた。
・メモを持たずに百数十箇所の数字や数十篇の名文名詩を含む内容の講演を行う。
・ソロバンの名人よりも早く二十桁程度の暗算(加減乗除)ができた。
・目隠しした状態で矢を射て、百発百中で針金に当てることが出来た。
・竹内流柔術の免許を六ヶ月で習得。
・姿勢を正しただけで凄まじい気迫を発し、高名な武道家も触れることができなかった。
・新興宗教との裁判時に、一喝したら、相手の教祖と裁判官がひっくり返って気絶。
・机を殴ったら、手のひらの形に抜けた。
・日本刀・木刀などを持った十二人の刺客に襲われたが撃退。後に刺客たちは春充に弟子入り。
・丸太を踏みつけると、踵の形を残してへし折れた。
・9mの直線を一筆書きした。(中心○)
・空中浮遊
・数千年先の未来を見通した。
・ランダムな3桁の数字が書かれたサイコロを50個くらい一度に振り、バラバラに落ちたすべてのサイコロの表裏の総和を瞬時に言い当てた。
なんとまぁ、凄い人なのでしょう。
特に、目隠しをして矢を射て針金に当てる話は、いろんな位置、角度を変えても当たるので、どうして当たるのかと聞いたところ、「1000万回やっても当たる。なぜなら、矢が針金に当たったのを確認してから、矢を射るので、当たらぬはずがない。」と春充は語ったそうです。
先の阿波研造翁を超えてますw。
■正中心
肥田式強健術の肝要は、正中心という、いわゆる丹田から常時パワーを湧出させることが上げられます。またそのため、下画像のようなお腹が突き出た独特の姿勢になります。
ヤッズ★は、肥田式強健術をやると、このようにお腹が膨れてしまうならやりたくないなと、若い頃は思ってました(笑)。実際のところはどうなんでしょう。

また、肥田式強健術は、東洋に古来より伝わる「丹田の鍛錬」をさらに押し進め、腹、腰、姿勢、気合までを統合した「正中心の鍛錬」にまで発展させました。

これまで観念的、神秘的であった「丹田」を「正中心」と名づけ、その位置を厳密に定義付け、図示しています。(上図)
(この記事は、■聖中心道肥田式強健術を参考にしています。)
http://homepage1.nifty.com/hidashiki/
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コメント
宇宙一偉い人
2009/04/08 20:28 URL 編集返信正直、作り話くさいと思っています。今も多くの人が、いろいろ書いていますが、信じられません。
ただ、やるならやはり指導者につかなければ駄目でしょうね。自己流の人は何をやっても話になりません。
けん
2010/09/18 23:19 URL 編集返信>肥田式だけは余りやる気になりませんね。
ああいうガネシャ腹になってしまうのも問題ありかもですw
>正直、作り話くさいと思っています。今も多くの人が、いろいろ書いていますが、信じられません。
確かに話が凄すぎますからね~。
実際に逢えないという点が辛いところですが、あの顔付きは只者ではないことだけは感じます。ただ、凄すぎる話は「あるヨギの自叙伝」のヨガナンダもドッコイドッコイですよ~。
>ただ、やるならやはり指導者につかなければ駄目でしょうね。自己流の人は何をやっても話になりません。
それは言えますね。
肥田式を学ぶところが少ないのも問題ありでしょうか。
ヤッズ★
2010/09/20 23:27 URL 編集返信